今回は福岡県の観光スポットのひとつである「柳川 川下り」について紹介したいと思います。
福岡市街から1時間ほどでアクセスできる柳川は、水の都とも呼ばれる水郷で、四季により様々な見どころのある人気の観光地です。
柳川 川下りとは
■概要
柳川市は、福岡県の南部に位置し、縦横に掘割が巡らせれており、水の都とも呼ばれる水郷です。
城下町であった柳川は、歴史や趣を感じる街並みと、水とともに暮らす風土が作られています。
柳川 川下りとは、掘割をどんこ船と呼ばれる船に乗り、船頭さんの案内や舟歌を聞きながら、四季折々の風景や花々を楽しめる、福岡県を代表する観光です。
川下りと言われていますが、かつての柳河城のお堀、城下町の掘割(水路)を巡る形になるため、秩父や鬼怒川、長瀞などのスリルのある川下りとは異なり、のんびりとした中で風景や情緒を味わえるのが魅力です。
■アクセス
柳川 川下りへのアクセスは、電車の場合、「西鉄柳川駅」から徒歩5分~10分ほどで、各乗船場に行くことができます。
JR「博多」からは、福岡市営地下鉄空港線「天神」を経由して、西鉄天神大牟田線「西鉄福岡(天神)」から「西鉄柳川」へ向かうルートになります。
自動車の場合、九州自動車道「みやま柳川IC」からのアクセスとなります。
博多から柳川までは、約1時間(60km)程度でアクセスが可能です。
■歴史
柳川の城下町としての歴史は、鎌倉時代から戦国時代に柳川を収めていた蒲池氏がはじまりと言われていますが、本格的に整備されたのは江戸時代に入ってからです。
蒲池氏に代わって柳川の領地を得た「立花宗茂」が柳川城の改修を始め、その後「田中吉政」が柳川藩の初代藩主となりました。
「田中吉政」が柳川城の大規模な修築を行い、天守閣や掘割が完成しました。
柳川城は明治時代に火災で焼失してしまったため、現在では天守跡の高台が史跡として残っているのみで、建造物は失くなってしまっています。
建造物は残っていないものの、掘割や町割りはほぼ江戸時代のままと言われ、現在の水郷柳川の町並み・情景を作っています。
後継のない「田中吉政」の後には、大名となっていた「立花宗茂」が旧領に復帰して、柳川藩主を務めました。
立花氏が柳川藩主を務める中で、5代目藩主の「立花貞俶」が、「御花畠」と呼ばれていた柳川城の敷地内に別邸を移築し、庭園「松濤園」を整備しました。
庭園「松濤園」が、現在の「柳川藩主立花邸 御花」で、庭園を含む敷地全体が「立花氏庭園」として国の名勝に指定されています。
■北原白秋ゆかりの地
柳川は、詩人の北原白秋の故郷であることでも知られています。
北原白秋の生家が現在も保存されており、一部復元され記念館として、観光スポットとなっています。
柳川 川下りの中でも、北原白秋の歌碑などを見ることができます。
■見どころ
城下町の掘割を巡る柳川 川下りは、水郷独特の風土や歴史を感じる街並みが楽しめます。
時期によって景色や趣が変化するのも柳川の魅力です。
春は桜、夏は花菖蒲や柳、秋はコスモス、冬はこたつ舟など、四季折々の姿があります。
川下りだけではなく、国の名勝である「柳川藩主立花邸 御花」なども見どころのひとつです。
今回は福岡県の観光地「柳川 川下り」について紹介しました。
旅行のツアープランに組み込まれていて、初めて訪れましたが、人気の観光スポットだけあって、趣のある街並みや、時期によって変わる見どころも魅力的な場所でした。
次回以降の記事で「柳川 川下り」の観光、アクセス、グルメなどについても紹介したいと思います。